たまゆら、私は奴のその存在をほんの僅か感じただけであったが、確かに奴は私の背後にゐたのは間違ひないことであった。奴は私の視界の境に何度か現はれては消えることを繰り返した後、私の虚を突く形で不意に私の背後に奴は現はれたのであった。それが奴の《他》に対する時の礼を尽くした作法なのであらう。 私も奴の礼に応へる形で後ろを振り返ることはせずに、唯奴のその仄かな存在感をじっくりと背中で堪能したのであった。それが奴に対する私の最高のもてなし方だったのである。さう思へたのは奴が私の正面ではなく背後に現はれたことで全てが語り尽くされてゐた。つまり、奴は私との対面は嫌ってゐて私の背後にしか現はれることが出来なかったのである。多分、奴は今尚自分の面を持つに至ってゐないのであらう。 しかし、奴の存在について私が何の疑念も抱かずに奴の存在を認めてゐることを吾ながら訝しく思ふでもないが、しかし、私が奴の存在を認めなかったならば一体誰が奴の存在を認めてやるのか甚だ疑問である。奴は確かに此の世に存在してゐる何かなのであった。多分、奴は《邪鬼》として何処にゐても忌み嫌はれ、未だ存在に至らざる何ものかであったのは間違ひないことであった。そんな奴であったからこそ私は奴の出現を許したのであった。だが、実際奴が私の背後に出現してみると私にはある疑念が湧いたのであった。それは奴が私を喰らふといふ疑念である。最初、たまゆら私の背後に出現した時点では私の腹は決まってゐなかったのである。つまり、奴が私を喰らっても私は別に構はないのかどうかといふ覚悟が私には出来てゐなかったのであった。しかし ――別に奴に喰はれてもいいじゃないか! これが私の結論であった。 ――奴が私を喰らって仮初にも私の面を被らうが別にいいじゃないか! 多分、これが私に出来る唯一の自己変容の形、若しくは私の流儀であったのかもしれぬ……。 ――ほら、また奴が私の背後に出現したぞ! 俳句一句 秋雨の 煙る景色に 吾も消ゆ 緋露雪
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